能登半島への観光で、おすすめに上がることが多い奥能登塩田村。
この奥能登塩田村は何故おすすめなんでしょうか?
隣接する道の駅すず塩田村では塩そのものや塩ソフト、塩サイダーなんかが販売されています。
また、NHKの朝ドラ「まれ」で取り上げられたりもしました。
もちろん、それらがおすすめの理由の一つになることは間違いないです。
でも、このページでは、能登の塩田を少し大人目線で、おすすめ理由を5つ紹介します。
能登の塩田は日本で唯一残る製法
能登の塩田は、「揚げ浜式製塩」と呼ばれ、日本で唯一残されている製法。
1959年に能登の揚げ浜式塩田は、技術継承と観光を目的とした3軒を除き、消滅しています。
当時、製塩技術の進歩により、生産過剰状態になり、生産効率の悪い揚げ浜式塩田は次々に姿を消していきました。
その3軒体制も長く続かず、1960~1961年に、残った3軒の内2軒が転業。
最後に1軒のみが残り、江戸時代からの技術を伝承し、今に至ります。
伝統的な揚げ浜式製塩の塩田を見ることが出来るのは、ここ能登だけ。
能登の揚げ浜式製塩は非常に貴重な伝統技術なんです。
能登の塩田は世界農業遺産に登録
能登の揚げ浜式製塩は、「白米千枚田」に代表される棚田や素潜りによる海女漁などの農漁法や「あえのこと」などの農耕神事や祭りなどとともに、2011年に世界農業遺産「能登の里山里海」として、農林水産業システムが登録されています。
ちなみに、「あえのこと」はユネスコの世界無形文化遺産にも登録されている。
世界農業遺産と世界遺産は別物
世界農業遺産とは、FAO(国連食料農業機関)により設けられた認定システム。
伝承すべき伝統的な農業システムや仕組み、農作地やその農業の仕組みが行われている環境といった形がない農業システムを対象としています。
一方、よく聞く世界遺産はユネスコ(国連科学文化機関)が登録。
世界遺産は、慣例的に「世界文化遺産」と「世界自然遺産」と分けて呼ばれることも。
対象は、遺跡(奈良の平城京跡等)・歴史的建造物(姫路城等)・自然(知床等)の形があるもので不動産。
又、ユネスコには「無形文化遺産」と呼ばれる音楽や慣習、祭り等々の形がないものを対象とする保護事業もあります。
日本では和食が登録されている。
この無形文化遺産には、「世界」という冠はつかない。
世界遺産の数は1073件。対して、世界農業遺産は49地域
ユネスコの世界遺産の総数は世界では、2017年時点では登録件数は1073件。
意外と数が多いです。
日本での世界遺産の数は、2017年時点では21件。世界の登録数ランキングは12位。
ちなみに、世界遺産の登録数ランキングは
- 1位 イタリア:登録件数 53件
- 2位 中国:登録件数 52件
- 3位 スペイン:登録件数 46件
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- 11位 イラン:登録件数 22件
- 12位 日本、ブラジル:登録件数 21件
- 14位 オーストラリア:登録件数 19件
一方のFAOの世界農業遺産は、
2018年3月現在、世界で19か国49地域が登録。
世界でたった49地域です。
日本では11地域が世界農業遺産に登録。
そのうちのひとつが、能登の塩田や白米千枚田含む「能登の里山里海」です。
実は揚げ浜式塩田は、ユネスコの世界遺産より希少な日本が誇る伝統技術だったですね。
能登の揚げ浜式製塩法は重要無形民俗文化財
能登に残されている揚げ浜式製塩の技術が、2008年に国の重要無形民俗文化財に指定されています。
この国の重要無形民俗文化財は、2017年時点で全国で303件指定。
能登がある石川県では、揚げ浜式製塩を含めても、たった8件が指定されているだけ。
能登の揚げ浜式製塩の伝承は1軒のみが担う
先に触れたように、この能登の揚げ浜式製塩は、現在では、角花家(かくはなけ)という1軒だけが守り続けています。
世界農業遺産の認定や重要無形民俗文化財の指定は、この角花家が伝承してきたからこその賜物なんです。
能登の揚げ浜式製塩は江戸時代がピーク
能登の塩田を知る上で欠かせない時代は江戸時代。
能登の揚げ浜式製塩の歴史は、江戸以前の歴史には複数の説があったりしますが、ピークを迎えたのは江戸時代です。
- 平安時代中期:海岸に砂浜がない能登半島で、塗浜(ぬりはま)と呼ばれる様式が誕生したとされる。(江戸時代という説もあり)
※塗浜:海面より高い場所に、人の手で粘土の地盤を築いた塩浜。
この塗浜に、原料となる海水を人力で運び上げ、製塩を行う。
- 江戸時代:能登で揚げ浜式製塩による塩造りが盛んになる。能登の揚げ浜式製塩は、江戸時代の1853年にピークを迎えたとされる。
その背景にあるのが、江戸時代の加賀藩の「塩手米(しおてまい)制度」と呼ばれるシステム。
これは、米を作る土地が少ない能登の塩生産者に、藩が米を貸し付け、塩で返済させる、言わば年貢です。
塩の生産者である塩士(しおし)でさえ、自分の家で消費する分の塩を手元に残すことが出来ないほど、管理は厳格だったのだとか。
でも、「洩塩(もれしお)」という言葉が残されているので、塩の横流しはあったみたいです。
人間は、いつの世も逞しい。
まぁ、それはともかく、借りた米を塩で返済せざるを得ないため、否応なしに塩の生産は上がります。
米と塩の交換比率(塩概:しおがえ といいます)は、藩が一方的に決めていますので、当然です。
また、増産の褒美や奨励の策として、追塩手米(おいしおてまい)という制度も存在。
これは、予定より生産量が多い場合に、米と塩の交換比率が、生産者側の塩士側に有利になると言う仕組み。
ということは、通常は、塩士側に有利にはなっていないということ。
このように、加賀藩では、アメとムチで塩の増産を図り、専売制を敷きます。
その為、加賀藩では、製塩による儲けで、参勤交代の費用(現在の4~6億円)の4分の1をまかなえたそう。
能登の塩田は、ある意味、加賀百万石の栄華を支える一部であったと同時に、耕作地の少ない能登地区の歴史の一部そのものであると言えます。
能登の塩田で使用する道具も国の重要有形民俗文化財に指定
能登の揚げ浜式製塩法は、その技術が2008年に重要無形民俗文化財に指定されていますが、それ以前の1969年に揚げ浜式製塩の道具が、重要有形民族文化財に指定されています。
この重要有形民俗文化財は、全国で220件が指定。(2017年時点)
その内、能登がある石川県では揚げ浜式製塩の道具を含む、14件が指定。
つまり、能登の揚げ浜式製塩は、伝統技術だけでなく、使用している道具まで、国の重要文化財として指定されているということです。
以前は、能登記念館「喜兵衛どん」にて、道具は公開されていましたが、現在は閉館で一般公開はされていません。残念!
能登では2つの塩の製法を観ることが出来る
能登で製塩と言えば、揚げ浜式製塩ですが、能登ではもう一つの製塩法もみることが出来ます。
それは流下式製塩法と呼ばれるもので、昭和20年代~30年代に普及した製塩法。
この流下式製塩法は、人手が掛からず、公益財団法人塩事業センターのよると、旧来の揚げ浜製塩などに比べて、労力は10分の1になる一方、生産量は2~3倍になったそうです。
但し、能登地区では、流下式製塩法はあまり普及しませんでした。その理由は、能登地区の気候。
この製塩法は、空気が乾燥している気候を必要としており、雪が降る能登地区には本来向かないと言えます。
実際に流下式製塩が盛んだったのは、瀬戸内。
この流下式製塩法の他地域での普及により、生産効率が上がり、増産が可能になったことから、能登の塩田は縮小の一途をたどりました。
ちなみに、現在のいわゆる国産の食塩は、「イオン膜・立釜法」で製塩されたものです。
本来、気候的には向かない製塩法である流下式製塩も、少ないながらも能登で行われています。
つまり、能登は、揚げ浜式と流下式の2種類の製塩法を見ることが出来る、珍しい地域と言えます。
その流下式製塩を見学できるのは、株式会社珠洲製塩さん。
珠洲製塩さんで、流下式製塩と揚げ浜式製塩を比べてみて下さい。
まとめ
能登の揚げ浜式塩田は、歴史的に、加賀藩とは切っても切れない関係で、加賀百万石の財政の一部を担う、重要な産物でした。
また、揚げ浜式製塩は、伝統技術として、日本国内で貴重ということに留まらず、世界農業遺産にも含まれており、世界的にも貴重な技術です。
決して、派手さはありませんので、子供や若者受けは 「?」 です。
が、大人のあなたには、世界に認められた伝統技術が、ただ一軒のみによって継承されてきた奇跡をみることが出来る場所として、能登の塩田をおすすめします。
【奥能登塩田村(道の駅 すず塩田村】
TEL:0768-87-2040
住所:石川県珠洲市清水町1−58-1
駐車場:普通車 30台 大型車 6台
営業時間:3月〜11月:8時30分〜17時30分
12月〜2月:9時00分〜16時00分
定休日:無休
所要時間:塩造り体験 約2時間
見学 約40分
料金:資料館見学 大人100円・小人(中学生以下)50円
塩造り体験 大人2,000円・小人(中学生以下)1,000円
※クレジットカード不可
【株式会社珠洲製塩】
TEL:0768-87-8080
住所:石川県珠洲市長橋町13-17-2
駐車場:普通車 10台 大型車 4台
営業時間:8時00分〜17時00分
定休日:12月29日〜1月4日
所要時間:見学 10~20分
海水撒き体験、ミニ仕上げ釜体験 20~30分
料金:見学 無料
海水撒き体験 無料
ミニ仕上げ釜体験 1,000円